「コスプレイヤー向けのコスプレ雑誌」とあえて言うのは、コスプレ関連の雑誌や書籍には、「コスプレをしたい」コスプレイヤー向けのものと、「コスプレ(エロい格好のお姉ちゃん)を見たい」コスプレ鑑賞者向けのものがあるからである。

 90年代から発行がはじまるコスプレ関連の書籍であるが、初期はコスプレ鑑賞者向けのものばかりであり、風俗誌としての要素が強かった。コスプレイヤー向けのコスプレ雑誌が創刊されたのは、2002年にインフォレストが『COSMODE』の前身として『COSMO』を発行したのが始まりである(「コスプレ(エロい格好のお姉ちゃん)を見たい」コスプレ鑑賞者向けの雑誌との差異を出すために、具体的には、文字のフォントやページのレイアウトを、ホビー雑誌のように仕上げることで、肌を露出した女性コスプレイヤーの身体も、「フィギア」のように見えるようにする。エロいポーズも、「コスプレイヤーの身体」としてではなく、「コスプレしたキャラクターが表す記号」として見えるように工夫がされた)。


 インフォレストとは、『小悪魔ageha』註1『I LOVE mama』で有名な出版社であるが、元々は『デラべっぴん』註2で有名な英知出版の女性ファッション向け分野が、2002年の会社分割によって設立した会社である。『COSMO』は発行の翌年、004号から『COSMODE』と名前を変え、英知出版からの発行になる。そして、2007年に英知出版が倒産してからは、誌名は『COSMODE』のまま、再びインフォレストからの発行となっていた(前述の通り、2014年5月に株式会社インフォレストが倒産したことにより、『COSMODE』という名前はなくなるのだが)。

 ビニ本、裏本、自販機本、などというほの暗く湿った領域からコンビニの爛々と輝く蛍光灯の元、「日本で一番売れているエロ本」とまで言われた、エロに朗らかさと太陽光(実際はコンビニの蛍光灯であるが)を当てた功績を持つ『デラべっぴん』。キャバクラ嬢という、日陰の職業と思われがちな仕事につく女性たちを「普通の(コンサバ)」女性誌のファッションモデルよりも有名にした『小悪魔ageha』。そして、「コスプレ鑑賞者」つまりエロい視線が主流であったコスプレ関連書籍に「コスプレイヤーによる、コスプレイヤーの為の」という当事者の視点を持ち込んだ『COSMODE』を生み出した英知出版・インフォレストの、新企市場獲得の先見の明には驚くべきものがある。


 2008年に『COSMODE』のライバル誌であるアスキーメディアワークスが発行する『電撃レイヤーズ』が休刊(事実上の廃刊)してからは、『COSMODE』と同じインフォレストが発行する『COSnap!』とともに、コスプレイヤー向けコスプレ雑誌という市場は、インフォレストの独壇場だったと言って良いだろう。


それでは順に見ていこう。



【意外に簡単じゃねえ!ゴールドクロス】


 「女性がエロティックなコスプレをして、その姿を男性に見せる。」という構造が主であったコスプレ雑誌に、コスプレイヤー自身の視点を導入した『COSMODE』であるが、では、コスプレイヤー自身の視点とはどのようなものであったのだろうか。


 その一片を表すのが、003号の企画である『Hand made GOLD Armor—意外に簡単!黄金聖衣を作る』※図1である。この造形物、美大の彫刻科出身の筆者から見ても全然、「意外に簡単!」なんかじゃない。オリジナルの型紙制作から始まり、手に入りにくい発泡ポリエチレンやGボンドを2缶(2kg)も使う、材料調達からコストがかかる上、一つ一つの工程がとても繊細で緻密である。

 しかし、この号以降、本格的な「意外に簡単!」の技法で作られたと見受けられる黄金聖衣をまとう女性コスプレイヤーは増加していく※図2。この雑誌の読者であり登場人物たちは、「己の欲望を体現する為には、手間と暇と金は惜しまない」という精神があるのだ。

 

 多くの女性向け雑誌が、「美容」と「学術」以外の家事・育児・余暇に「手間と暇をかけること」を殊更に良きこととし、「節約」を尊び、「金をかけること」を恥ずべき悪しきことだとしてきた歴史註3を持つ中、『COSMODE』から溢れ出る、「手間と暇と金と知恵を総動員し、余暇と言うには余りに切実な欲望を達成したい」という熱意には、手放しで賞賛を贈りたい。



【ホモソーシャル社会を描く作品と女性コスプレイヤー】


 『セイント星矢』は『COSMODE(COSMO)』創刊時より現在までコスプレイヤー達に人気がある作品の一つなのだが、女性的・中性的外見を持つ男性登場人物が多い一方、女性登場人物は少ないことが特徴の作品である。

 また、〈聖戦士は女神であるアテナを守護する少年達という意味合いから、男性しかなることが出来ない。女性が聖戦士となる場合は、女であることを捨て常に仮面を被る必要がある。女性聖戦士にとって素顔を見られることは、裸を見られるよりも屈辱であり、素顔を見られた場合、その人間を愛するか殺すという2つの条件が課せられる。〉という原初の相撲註4のような設定がある。 

 聖戦士とは、セクハラ・パワハラなんかでは収まりきらないホモソーシャルな組織である。上位のポスト(聖戦士の鎧は数が決まっているのだ)に、自分を殺すかも知れない女性部下が昇進するのはかなり難しそうである。 


 『セイント星矢』だけでなく、『テニスの王子様』や三国志・戦国武将モノなどの、ホモソーシャルな世界観を持つ作品は、女性コスプレイヤーに人気のジャンルである。

 また、『テニスの王子様』と言う作品は、「衣装自作の手軽さ」「公式衣装の市販」「大人数で集まりやすい」などの理由から、コスプレイヤーの人口を拡大させた作品であり、『セイント星矢』、『キャプテン翼』などと並び、BL・やおい二次創作でも爆発的に人気を博し、「腐女子」人口を増大させた作品であった。

 「ホモソーシャルな世界」「男子のみのクラブ活動」「男性中心の権力争い」が、女性コスプレイヤーや腐女子に殊更人気が高いジャンルであることは、一体何を意味するのだろうか。


 それには、男性キャラクターに扮し、女性同士でBL・やおい的シュチュエーションを楽しむコスプレイヤーの中に、レズビアン的関係性にハッテンする者たちが少なからずいることも深く関係するだろう。彼女達の関係性は、BLであり百合であり女性の男性化であり、男性の女性化であり、権力をエロス化することであり、同時にそれを虚構化することである。

 それは、私たちが常に既に、彼女と彼とそれ以外を自由に行き来する、クィアな存在であることを示唆する。

 私たちは、クィアに「なる」ことはできない。私たちは既にクィアである。男性性や女性性、「ヘテロセクシズムの正当性」なんて実のところ全く根拠はないし、ヘテロセクシズムもクィアな選択の一つに過ぎないかもしれない。



【キズ・ヒゲ・一重】


 004号の『30分でできる—自作キズ・ヒゲ・眉毛・まぶたメイク!※図3』これもまた、「黄金聖衣」に負けず劣らず衝撃的である。


 ニキビ・シミ・そばかす・シワ、肌に少しでも傷がつかぬよう、パックや美容液、或はボトックスやヒアルロン酸の注入、又はやむなくついた傷はコンシーラーで隠すことにより、「陶器のような」「なめらかな」、「無傷」「赤ちゃん肌」という領域を目指し、それを人工的に造り出すこと。

 髪、眉、まつ毛以外の体毛をすべて「ムダ毛」と名付け、足・腕・ワキだけでなく、顔の産毛さえも、親の敵のごとく排除すること。

 そして言わずもがな、二重まぶたの問題だ。プチ整形、メザイク、アイプチ、アイテープ、あらゆる手段で、否応無く「二重=美」という解を出しつづけること。


 これらは数多の女性誌が作り上げた神話であり、道徳であり、秩序であった。


・レーザーでシミを消す手術はあるが、シミを増やす手術はない。

・女性向けのスネやワキの増毛・育毛キャンペーンなど存在しない。

・一重を二重にすることは日本で最もポピュラーな整形手術であるが、その逆の、二重を一重にする手術はない。


『COSMODE』はいとも易々と「不可逆の女性美」という領域を脱臼してしまったのである。



【ジジイになる少女】


 017号のメイク特集※図4では、壮年・老年の男女になるメイク法が紹介されている。シミ・シワ・ヒゲ・シラガ。デコルテまでが顔、10代後半から年度末の道路工事よろしく場当たりかつ無計画的に「アンチ・エイジング」企画を打ち立てる女性誌とは真逆である。


 また、同号の『木材辞典』※図5も本気過ぎる。このページだけ見て、コスプレ雑誌と思う人はいないのではなかろうか。黄金聖衣の自作といい、024号の『塗装徹底ガイドブック』註5といい、特殊メイク・洋裁・立体物制作、メイク・DIY特集なんて言葉では到底収まりきらない、本格的な総合造形誌である。



【加工身体は止まらない】


 2008年の019号『ボディタイツ革命—鋼のマッスルボディを手に入れろ』※図6では、『DJ OZMA』註6の紅白でのパフォーマンスで一躍有名になったボディースーツの技術が紹介されている。

 この技術と、胸をつぶす下着やブラトップスやテープ、撮影後フォトショップで加工することによって、彼女たちは男性身体にコスプレする。そして彼らは本当に男性なのか女性なのかわからない外見にまで到達している。

 それでも無理矢理男性と女性を見分けようとすれば、「乳首が本物だったら男性」というくらいしか、見分けるポイントがない。加工身体の技術は飛躍的に進歩しているのだ註7



【ZONE-00な現状】


 『テニスの王子様』や『セイント星矢』、『イナズマイレブン』に比べて、アニメ化やゲーム化など、メディアミックス展開もされていない上、掲載誌も『少年ジャンプ』等のメジャー誌ではなく、一般に作品の知名度は低いのだが、『COSMODE』の読者・登場人物たちに創刊から愛されている漫画作品がある。  

 九条キヨの『ZONE-00』註8である。


 〈魔物と人間は長い争いを経たのち、「和解」という形をとり、現在まで平静を保っていた。しかし、東京では異常な魔物が増えつつあった。それを退治するため、凶祓いの一族の当主・志摩安吾は上京するが、転校先で出会った九浄三郎との出会いにより、500年の時を越えた戦争に巻き込まれていく〉

というあらすじであるが、非常に興味深いところは、この作品のコスプレが『テニスの王子様』や『セイント星矢』、『イナズマイレブン』等と違い、BL・やおい要素は極めて薄く、かといって、コスプレ鑑賞者向けのものでもないことだ。


 この作品の一番の特徴は、緻密で美麗な絵もさることながら、何百年もの時を生きる魔物や、特別な力をもった人間たちが、揃いも揃って「男である〈から/のに〉」「女である〈から/のに〉」という男性性や女性性の枯渇や過剰や、その規範との距離の取り方といった問題に捕われていることにある。

 どこからどう見ても美女・美少女にしか見えない男性である「弁天」や「吉祥」鬼(魔物)の生まれ変わりである人間「九浄三郎」、魔女に自動人形に、ZONE-00という薬物に汚染されたジャンキーたち。

彼・彼女らは常に既にヘテロセクシズムに対峙するクィアな存在である。


 『ZONE-00』の登場人物とは、女と男、彼と彼女とそれ以外を行き来し続ける、クィアな存在であることを自明化した、コスプレイヤー自身に他ならないのではなかろうか。

 そして、クィアな存在であると言える彼らが、『ZONE-00』という作品世界の中で、クィアな欲望の一つに過ぎないヘテロセクシズムと対向する形になってしまうということが示すことは極めて重要である。それは、社会にどれほど根強くヘテロセクシズムという概念が癒着しているのかを図らずも浮き彫りにするのである。



【キャプ翼からイナイレへ】


 2009年頃から、『イナズマイレブン』のコスプレが人気を博すようになる。※図7~10

 BL・やおいの市場を拡大させた『キャプテン翼』から約25年、『イナズマイレブン』のサッカー少年たちは、「大空翼」少年たちよりもずっと無国籍的かつ、多種多様な外見を持つ。


 その外見は無論コスプレイヤーたちにも反映されている。『イナズマイレブン』の少年に扮するコスプレイヤーは、『COSMODE』と同じく、2007年からインフォレストが発行する『小悪魔ageha』の化粧技術なだけでなく、ギャル・ヤマンバ・ギャル男・センターGUY・ビジュアル系・ホスト・アゲ嬢など、「盛る」註9という可塑性に特化した造形文化を余すことなく駆使することで、複合的で新たな可能性を生みだす。『イナズマイレブン』は、コスプレ文化の一つの集大成であり、現在進行形で多様な文化が濃厚な密度で交錯するジャンクション註10なのである。



【コスプレとは、現代の錬金術かもしれない】


 そして、050号には『宅コスor撮影会限定?加工前提!?なりたい顔になっちゃおう』※図11~12という特集がある。本当に素晴らしい。これは、すでに身体は加工素材の一つである。と力強く断言しているようなものである。この一言は、「男性/女性」「精神/身体」「理性/感性」「文明/自然」といったコンサバティブな二元論による停滞を打ち砕き、無限に広がるクィアな可能性に満ち満ちた世界に私たちを導くだろう。


 かつて、評論家の大塚英志は〈サイボーグ・フェミニズムが標榜した、「男でも女でもなく消費社会の中で遊び続ける「人工」の身体」は、「情報空間の中でのみ成立する仮想現実身体」だった〉という批判をした。

 しかし、切実で真摯な欲望と、その増幅装置としての可塑的な過剰装飾性、立体と平面、実像と虚像すらも超越し得る錬金術(コスプレ)が、様々な文化が錯綜し多様化し続けるジャンクションの上で行われるならば、情報空間の仮想現実身体と現実の身体は邂逅し、自由に行き交うことが可能となり、肉を帯びた机上の空論は私たちそのものを変身させるかもしれない。


 『COSMODE』は、その可能性の一つを力強く提示している雑誌である。










(註1) 

2006年創刊の、なにかと話題になる生態系女性雑誌。現在はインフォレスト倒産に伴い休刊状態。創刊初期は、職業「フリーター」として有名AV女優紅音ほたるなども出ていたが、現在ではAV・風俗はNGの模様。初期のカリスマモデル「荒木さやか (現在は姉妹誌である『姉ageha』モデル、ちなみに『姉ageha』は主婦の友社に移行して復刊)」も、元ヌードルだったりするのですが、彼女は「飯島愛」同様、服を着てからの方が売れた人。しかし、最後まで「元AV女優」という十字架を背負った飯島愛とは違い、「カリスマモデル」「DJ」「マツエクサロン経営」等、彼女の現在の肩書きに裸の烙印が無いのは興味深いです。あと、『COSMODE』で表紙も飾ったことがあるコスプレイヤーモデルの「とっち」や「あきち」は、『小悪魔ageha』のモデルとしても活躍していたりしました。


(註2) 

エロ本、と侮ってはなりません。今見ても、グラビアのレイアウトが素晴らしいです。ファッション誌とは名ばかりで、引き出物の通販カタログのごとく単調で凡庸なレイアウトが多い近年の女性誌は、『デラべっぴん』のヌードグラビアから構成力を学ぶべき、とすら思います。


(註3) 

これについては、山崎明子著『近代日本の「手芸」とジェンダー』(世織書房)に詳しく書かれています。「良き娘・良き妻・良き母」になることこそ、女性の唯一無二の美徳であり義務である。なんて化石級に古い考え方であり、化石のように美しくもなければ、歴史的価値もなく、おまけに燃料としても燃費が悪く環境にすら優しくない(笑)。まったくもって粗悪なものですが、現在でも根強い愛好家は少なくありません。まことに残念です。


(註4) 

女性神に豊作を願う占い【八卦をみる】=【はっけよおい、のこった(方が勝ち)】女性神は嫉妬深く、男性が好きだから土俵は女人禁制、みたいな。しかし、女性神によくある「嫉妬深い」 という性質は、後付けされることが多くあるのも事実です。神話の神々の性質が変わる時は、大抵政治・経済・文化などにも変化があるので興味深いです。


(註5) 

余談ですが、現代においても、日本の美大等のアカデミック美術教育は、技法・材料などについて、口頭伝承・秘密主義が主流です。実際に身体で会得する実習は大切ですが、だからといって、理論化・資料化・アーカイブ化することが疎かになる理由にはならないはずですし、生産的であるとも思えなせん。芸術は、本来ならば非生産的であることとは最も遠い領域にあるはずです。また、「考えるより感じろ」「頭ではなく身体で覚えろ」というスポコン魂が暴走すると、オリンピック女子柔道や、部活動の体罰問題のような憎むべき事件を産むことを忘れてはいけません。


(註6) 

メタ・ベタ・ネタとしてのヤンキー性や、キャラクターの制御可能性と制御不能性。批評的に振る舞うことの面白さと難しさや演技と生身の境界線のあいまいさが、綾小路翔やDJ OZMAにはあるような気がします。


(註7) 

2004年以降にみられる、『BODY LINE』を代表とする、既成コスプレ衣装やウィッグ・カラコンを大量生産安価販売する企業の参入なども、加工身体の完成度の劇的な向上と、コスプレイヤー増大に一役買っています。そしてこの時期は、90年代原宿・裏原ドメスティックカルチャーを影で支えた功労雑誌『FRUiTS』(ストリート編集室)が、一大プロジェクト『原宿ホコ天復活運動』の夢破れ、代官山・セレクトショップ・美容師・ベルンハルトウィルヘルムブームに移行していたので、原宿・裏原のドメスティックブランド信仰が薄れていたことも深く関係するでしょう。


(註8) 

作者本人も、単行本のあとがきで、掲載紙がコロコロ変わる「ジプシー漫画」と述べていることからもわかる通り、作品の連載自体が極めて変則的なのである。余談であるが、筆者はどこからどうみてもゆるふわ美少女だけど、実際はボンテージルックでプッツンジャンキーな男の子、という吉祥たんが好き。


(註9) 

エクステのつけ放題やウィッグ・カラコンの価格破壊、100円ショップの規模の拡大による装飾のコストダウン化が、サブ・プライムバブルによるラグジュアリーブームと相まり、2008年頃が「盛る」文化のピークであった。リーマン・ショックとともに「ナチュラル」や「自然に見える盛り」に移行していく。「盛りとバブル」については、別途考察が必要そうです。


(註10) 

ビジュアル系ファンから輸入されたカラフルなウィッグ、ギャル・ギャル男・ホスト・age嬢などの化粧やヘアスタイル作成法とカラコン、ヤマンバ・センターGUYの歌舞伎の隈取りにも通じるフェイスペイント。ロリータ・ゴスロリの手芸や特殊メイク。原宿・裏原ストリートファッションや秋葉原・東池袋オタク文化。あまりにも複雑で、多様で、そして魅力的な世界の接合点だ。






■著者紹介

柴田英里(しばた・えり)

1984年、名古屋生まれ。

美術作家。

東京芸術大学彫刻学科修士課程修了。

 

図1





図2





図3





図4




図5





図6





図7





図8





図9




図10



図11



図12


 
BOOKS













topo003 木村裕之+佐々木友責任編集
「土瀝青ーー場所が揺らす映画」













topo002 小田原のどか責任編集
「あなたはいま、まさに、ここにいる」













topo001 佐々木友輔責任編集
「floating view”郊外”からうまれるアート」
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